TCFD提言への対応
気候変動が社会に与える影響は大きく、エプソンとしても取り組むべき重要な社会課題だと捉えています。パリ協定の目指す脱炭素社会(世界の平均気温上昇を産業革命以前に比べて2℃より十分低く保ち、1.5℃に抑える努力をする)の実現に向け、エプソンは2030年に「1.5℃シナリオ*1に沿った総排出量削減」の目標達成を目指しています。また、「Epson 25 Renewed」の公表に合わせ「環境ビジョン2050」を改定し、その目標として掲げる2050年の「カーボンマイナス」「地下資源*2消費ゼロ」に向け、脱炭素と資源循環に取り組むとともに、環境負荷低減を実現する商品・サービスの提供、環境技術の開発を推進しています。
エプソンは2019年10月に「気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)」提言への賛同を表明して以降、株主・投資家をはじめとする幅広いステークホルダーとの良好なコミュニケーションがとれるように、TCFDのフレームワークに基づき、情報開示(ガバナンス・戦略・リスク管理・指標と目標)を進めています。2021年には財務影響度をエプソンとして初めて定量的に開示することにしました。さらに、2022年はTCFD提言の改訂を受けて、GHG排出量の削減を目的とした具体的な取り組み実績などの開示を強化しました。2023年以降は気候関連のリスク・機会に対する取り組みのハイライトや具体的成果に関する定性・定量情報の充実化を行っています。

*1 SBTイニシアチブ(Science Based Targets initiative)のクライテリアに基づく科学的な知見と整合した温室効果ガスの削減目標
*2 原油、金属などの枯渇性資源
シナリオ分析の結果
TCFDのフレームワークに基づいて、シナリオ分析を実施し、気候関連リスク・機会がエプソンの戦略に与える財務影響度を定量的に評価しました。その結果、脱炭素社会へ急速に進んだ1.5℃シナリオの場合、市場の変化・政策・法規制による操業コスト増加の移行リスクはあるものの、インクジェット技術・紙再生技術に基づく商品・サービスの強化により財務影響へのインパクトは限定的と予想しています。
エプソンは、2021~2030年までの10年間で約1,000億円(2021~2025年は約250億円、2026~2030年は約750億円)を投入し、脱炭素・資源循環・環境技術開発への取り組みを加速します。また、気候関連リスクへの解決は、私たちが設定したマテリアリティである「循環型経済の牽引」「産業構造の革新」に合致し、エプソンの強みである低環境負荷(消費電力・廃棄物削減など)の商品・サービスで、事業拡大の機会につながります。この機会の拡大は、お客様のもとでの環境負荷低減や気候変動の抑制に貢献するものです。
こうした評価結果から、エプソンは社会にとっても自社にとっても合理的であるパリ協定の目指す脱炭素社会の実現に向け、認識したリスクに対処しながら、機会を最大化するための取り組みを継続的に進めています。
なお、世界が現状を上回る対策をとらずに温暖化が進んだ4℃シナリオの場合でも、異常気象に伴う災害の激甚化による国内外の拠点に対する物理リスクの影響は、小さいことを確認しています。
ガバナンス
気候変動に係る重要事項は、社長の諮問機関である「経営戦略会議」での審議・報告の上、定期的に(年に1回以上)取締役会に報告することで、取締役会の監督が適切に図られる体制をとっています。
気候関連問題に対する最高責任と権限は代表取締役社長が有しています。サステナビリティ・コーポレートコミュニケーション推進室長にはサステナビリティ担当役員が任命され、TCFDを含むサステナビリティ活動の責任者として、これらの取り組みを管理・推進しています。気候変動問題への対応を含む全社環境戦略の立案・推進は、地球環境戦略推進室およびテーマ別環境部会が担っています。
なお、役員報酬に関しては、より実効的なサステナビリティガバナンスの体制を構築する観点から、マテリアリティに紐づくサステナビリティ重要テーマの指標のうち、脱炭素に関する指標を譲渡制限付株式報酬と連動させ、責任と役割を明確にしています。

気候変動に関わる主な取り組み
2019年度 | 2020年度 | 2021年度 | 2022年度 | 2023年度 | 2024年度 |
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戦略
エプソンは、「循環型経済の牽引」をマテリアリティとして設定しています。これを達成するために、エプソンの技術の源泉である「省・小・精の技術」を基盤に、イノベーションを起こし、さらなる温室効果ガス(GHG)排出量削減に取り組んでいます。
環境ビジョン2050達成までのロードマップ
エプソンは「環境ビジョン2050」を策定し、2050年までにカーボンニュートラルを超えたカーボンマイナス、さらに地下資源の消費ゼロを掲げ取り組みを進めています。こうした目標に向かってどのように進むのか具体的なシナリオを描いたものが、「中期環境活動計画」です。「Epson 25 Renewed」の目指す成長領域や新領域の事業拡大に伴い、サプライチェーンにおけるGHG排出量や資源使用量は増加します。そこで環境戦略と事業戦略を両立させた「環境価値創出シナリオ」を全事業で策定し、2050年目標達成のロードマップを展開しています。
さらに、気候変動に対するレジリエンスの強化を図るため、「環境ビジョン2050」の実現に向け、環境戦略定例会および下部組織の部会にて活動を推進し、2024年度は以下の取り組みを中心に活動の実践状況のレビューや各種経営会議への審議・報告を行いました。
<2024年度の取り組み>
- テーマ検討:脱炭素目標(SBT更新)、TNFD開示、資源循環定義・施策
- 各部会の取り組み・中期KPIレビュー
- 各事業の環境価値創出シナリオの進捗と課題共有
- 現状調査・分析(競合他社・社会動向、環境法規制など)
気候関連のリスク・機会に関するシナリオ分析
エプソンは、気候関連のリスク・機会の重要性評価に向け、「移行リスク」「物理リスク」「機会」の区分でシナリオ特定と評価を実施し、7つの評価項目を選定しました。気候変動に関する政府間パネル(IPCC)と国際エネルギー機関(IEA)が提示する気温上昇1.5℃に相当するシナリオと社内外の情報に基づき、事業インパクトと財務影響度を評価しました。

1.5℃シナリオにおける気候関連リスク・機会
シナリオ分析に基づいた気候関連リスク・機会の評価結果は以下の通りです。
区分 | 評価項目 | 顕在時期*1 | 事業インパクト | 財務影響度*2 | |
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移行リスク | 市場の変化 政策・法規制 | ・ペーパー需要 | 短期 | インパクト
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小 |
(環境ビジョン2050の取り組み)
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短期 | インパクト
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2030年までに |
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物理リスク | 急性 | ・洪水による事業拠点の被災 | 長期 (21世紀末) |
インパクト
|
小 |
慢性 | ・海面上昇による事業拠点の被災 | ||||
・渇水による操業への影響 | |||||
機会 | 商品・サービス | (環境ビジョン2050の取り組み)
|
短期 | 想定シナリオ
|
大 15%見込み |
・環境ビジネス | 短期 | 想定シナリオ
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中 |
*1 短期:10年未満 中期:10年~50年 長期:50年超
*2 小:10億円未満 中:10~100億円 大:100億円超
2024年度の取り組み実績
エプソンは、脱炭素、資源循環、環境技術開発、お客様のもとでの環境負荷低減に向けた取り組みを進めています。2024年度の取り組み実績は以下の通りです。
区分 | 評価項目 | 2024年度 取り組み実績 | 2024年度 定量実績 | |
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移行リスク | 市場の変化・政策・法規制 | ・ペーパー需要 |
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小*3 |
・脱炭素 |
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75.8億円
環境ビジョン2050
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・資源循環 |
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・環境技術開発 |
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物理リスク | 急性 | ・洪水による事業拠点の被災 |
|
小*3 |
慢性 | ・海面上昇による事業拠点の被災 | |||
・渇水による操業への影響 | ||||
機会 | 商品・サービス | ・お客様のもとでの環境負荷低減 |
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2020年度→24年度 売上収益 CAGR +9.9%*7 |
・環境ビジネス |
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*3 財務影響度 小:10億円未満
*4 一部販売拠点などの賃借物件は除く
*5 IPCCの気候変動シナリオRCP2.6(2℃)、RCP8.5(4℃)にて評価
*6 国内拠点で長期的洪水リスク(21世紀末)を有する主要拠点
*7 Epson 25 Renewed 発表時の2020年度予想と2024年度実績との比較
*8 PoC(Proof of Concept、概念実証):新しい技術などの実現可能性や実際の効果などを検証するプロセス
カーボンプライシングの取り組み
エプソンは、GHG排出量削減を目的とした投資に関する執行前の評価(フィージビリティ・スタディ)としてカーボンプライシングの考えを取り込んだ投資回収期間の判断基準やガイドラインを整備し、2018年度からの試行導入を経て2020年より正式運用を開始しています。
リスク管理
企業を取り巻く環境が複雑かつ不確実性を増す中、企業活動に重大な影響を及ぼすリスクに的確に対処することが、経営戦略や事業目的を遂行していく上では不可欠です。
エプソンは、気候関連問題を経営上の重大な影響を及ぼすリスクとして位置付け、適切に管理しています。
気候関連リスクの識別・評価・管理プロセス
1 調査 | 2 識別・評価 | 3 管理 |
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指標と目標
エプソンは、「環境ビジョン2050」の実現に向け、中長期的な温室効果ガス(GHG)の排出削減目標の達成を目指します。そのため、エプソンの技術の源泉である「省・小・精の技術」を基盤に、商品の環境性能向上や再生可能エネルギーの活用、事業活動などバリューチェーンを通じた環境負荷低減に積極的に取り組んでいます。
2018年のScience Based Targets(SBT)*1設定以降、1.5℃目標への引き上げを行い2025年度の目標達成に向けて活動を推進した結果、目標年を前倒して、グローバルに展開する全拠点におけるすべての使用電力を再生可能エネルギーへ置き換えました。また、このたびScience Based Targets initiative(SBTi)*2のNet-Zero基準に基づくNet-Zero目標およびその過程となる短期・長期目標が、SBTiから承認されました(2025年5月)。この目標は、既に環境ビジョン2050で掲げていた、2030年を目標年度とし全てのスコープを含む総量目標に対して、パリ協定における「1.5℃目標」を達成するための科学的な根拠に基づいた目標であることが裏付けられました。

GHG排出削減目標と目指す姿
SBTi*2に承認された目標 (1.5℃目標水準。いずれも基準年は2017年度) |
短期目標: 2030年にスコープ1+2+3を総量で55%削減 2030年にスコープ1+2を総量で90%削減 長期目標: 2050年にスコープ1+2+3を総量で90%削減 2050年にNet-Zero達成 |
目指す姿*3 | 2030年にスコープ1+2排出量実質ゼロ達成 2050年にカーボンマイナス達成 |
スコープ1:燃料などの使用による直接排出
スコープ2:購入電力などのエネルギー起源の間接排出
スコープ3:自社バリューチェーン全体からの間接的な排出
*1 科学的な根拠に基づいた温室効果ガス削減目標
*2 Science Based Targetsイニシアチブ(SBTi)は、企業や金融機関が気候危機への対応に貢献できるよう支援する、企業向けの気候行動推進組織です。同イニシアチブは、地球温暖化を壊滅的な水準以下に抑え、遅くとも2050年までにネットゼロを達成するために必要な水準と整合した温室効果ガス(GHG)排出削減目標を企業が設定できるよう、基準、ツール、ガイダンスを策定しています。
*3 SBTiに承認された目標である総排出量90%を削減し、残余排出量に対して吸収・クレジットなどによる中和を行い排出量実質ゼロ、あるいはさらなる脱炭素化を狙うもの。